コンピューター監視法案 法務省公式Q&Aの嘘

現在審議中のコンピューター監視法案を(わかりやすく説明したつもりの)法務省の文書、 「いわゆるサイバー刑法に関するQ&A」なんてものがある(最後に全文転載した)。これは悪質な印象操作を狙った文章であるように見える。少なくとも矛盾または嘘を含んでいるのは確かだ。以下、この文章の問題点を指摘していく。

  • Q1のA:「コンピュータに対する監視を強化するものではありません。」
  • Q10のA:「この法案を...捜査権限の拡大と結び付けるのは正しくありません。」
    • Q8で履歴保全依頼という新しい権限が追加されると言っている。またQ7でも「自己作成データ等の差押え」なるものが追加されると言っている。つまり権限の拡大と監視の強化がないというQ1、Q10の答えは矛盾または嘘と言える。
  • Q10共謀罪に関する質問です。普通はこの質問文を見た時点で答えは「共謀罪はありえません」と書いてあると期待して読み飛ばしてしまいたくなります(そういう文章表現です)。しかし良く読むと共謀罪の成立を明確に否定していません。共謀罪とこの法律は関係がないと言っているだけです。これは悪質な印象操作を狙った文章に見えます。さらにネットの監視は共謀罪の成立に必要なものの1つであり、この法律と共謀罪は関係がないと理由なしに断言するのは不思議に見えます。
  • Q8のA:「保全要請は...必要なものを特定した上で,一時的に消去しないよう求めるものにすぎず,それだけでは,捜査機関は通信履歴を見ることはできません。」
    • 中身を見ないで「削除するな」と要請することができるそうです。確かにそれは不可能ではないですが、本当にそれは現実的に可能なのでしょうか。監視の強化はないとQ1で述べていますが、監視の強化なしにそんなことが可能なのでしょうか。
最後にこの文章の全文を転載


法務省 いわゆるサイバー刑法に関するQ&A
http://www.moj.go.jp/content/000073750.htm
全文転載

Q1 この法案は,一部では,コンピュータ監視法案などと批判されているようですが,コンピュータに対する監視を強化するものではありませんか。
 
A 「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」(サイバー刑法)は,コンピュータに対する監視を強化するものではありません。
 そもそも,この法案は,増加を続けるサイバー犯罪などに適切に対処するため,
○ コンピュータ・ウィルス作成罪の新設などの罰則の整備
○ 情報技術(IT)の発展に対応できる捜査手続の整備
などを行うものです。
 今や,私たちの生活や企業活動は,コンピュータ・システムやネットワークなしでは成り立たなくなっており,この法案は,むしろ,そのような社会の重要な基盤を守り,私たちが安心して日常生活を送り,円滑に企業活動を行えるようにするものです。
また,この法案が成立した後においても,例えば,捜査機関がコンピュータを差し押さえたり,プロバイダなどから,いつ誰が誰と通信を行ったかというような通信履歴を手に入れる場合には,これまでと同じように,裁判官の発する令状が必要です。
 この法案によって,コンピュータの監視を可能とするような特別の捜査手法が導入されるわけではありませんし,コンピュータに対する監視が強化されるものでもありません。
 

Q2 なぜ,この時期にこの法案を提出したのですか。
 
A 近年,コンピュータ・ウィルスによる攻撃やコンピュータ・ネットワークを悪用した犯罪など,サイバー犯罪は増加を続けています。
 そこで,法務省としては,これらの犯罪に適切に対処するため,この法案を国会に提出することとしたものです。
 この法案におけるサイバー関係の法整備は,法制審議会において取りまとめられた内容(法制審議会における議論の内容などについては,http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi_keiji_haiteku_index.htmlを御覧ください。)に基づくものであり,平成17年に国会に提出した法案の内容をベースとしつつ,さらに,国会における御議論なども十分踏まえ,より良い内容としたものです。
 なお,この法案を国会に提出することは,東日本大震災の発生前に既に閣議決定されていましたが,その当日に震災が発生したため,実際の提出は震災発生後となりました。
 

Q3 コンピュータ・ウィルス作成罪は,共謀罪と同様に,思想・良心の自由や表現の自由を制約するものではありませんか。
 
A コンピュータ・ウィルス作成罪は,最近,コンピュータ・ウィルスのまん延などが深刻な社会問題となっていて,国民が安心してコンピュータを使用するためには,社会に害悪を与え得るウィルスの作成行為を処罰することが必要であることから,そのようなウィルスの作成という客観的な行為を処罰するものです。
 したがって,思想・良心の自由や表現の自由を不当に制約するものではありません。
 

Q4 コンピュータ・ウィルスの作成・提供罪が新設されると,ウィルス対策ソフトの開発等の正当な目的でウィルスを作成した場合や,ウィルスを発見した人がそれを研究機関に提供した場合,あるいは,プログラマーがバグを生じさせた場合まで処罰されることになりませんか。
 
A コンピュータ・ウィルスの作成・提供罪は,
① 正当な理由がないのに,
② 無断で他人のコンピュータにおいて実行させる目的で,
コンピュータ・ウィルスを作成,提供した場合に成立するものです。
 ウィルス対策ソフトの開発などの正当な目的でウィルスを作成する場合には,そのウィルスを,自己のコンピュータにおいてのみ実行する目的であるか,あるいは,他人のコンピュータでその同意を得て実行する目的であるのが通常であると考えられますが,それらの場合には,①と②の要件をいずれも満たしませんので,この罪は成立しません。
 また,ウィルスを発見した人が,ウィルスの研究機関やウィルス対策ソフトの製作会社に対し,ウィルスの研究やウィルス対策ソフトの更新に役立ててもらう目的で,そのウィルスを提供した場合についても,①と②の要件をいずれも満たしませんので,やはりこの罪は成立しません。
 さらに,この罪は故意犯ですので,プログラミングの過程で誤ってバグを発生させても,犯罪は成立しません。
 

Q5 コンピュータ・ウィルスを作成しただけで処罰されることになると,コンピュータを監視することができるようになるのではありませんか。
 
A コンピュータ・ウィルス作成罪が新設された後においても,例えば,捜査機関がコンピュータを差し押さえたり,プロバイダなどから,通信履歴を手に入れる場合には,これまでと同じように,裁判官の発する令状が必要です。
 この法案によって,コンピュータの監視を可能とするような特別の捜査手法が導入されるわけではありませんし,コンピュータに対する監視が強化されるものでもありません。
 

Q6 コンピュータ・ウィルス保管罪が新設されると,単にコンピュータ・ウィルスを送り付けられて感染させられた被害者まで処罰されることになりませんか。
 
A コンピュータ・ウィルス保管罪は,正当な理由がないのに,
○ 無断で他人のコンピュータにおいて実行させる目的で,
コンピュータ・ウィルスを保管した場合に成立するものです。
 単にコンピュータ・ウィルスを送り付けられて感染させられたにすぎない場合には,そもそもウィルスであるとの認識を欠く場合も多いと考えられる上,仮にウィルスであることを知ったとしても,この目的要件を満たしませんので,この罪は成立しません。
 

Q7 接続サーバ保管の自己作成データ等の差押え(リモート・アクセス)が導入されると,捜査機関は,1台のパソコンについて差押許可状を得るだけで,ネットワーク中の全てのデータを取得できるようになるのではありませんか。
 
A 接続サーバ保管の自己作成データ等の差押えは,コンピュータが差押えの対象とされている場合において,例えば,メールサーバやリモートストレージサービスのサーバなど,ネットワークで接続しているサーバなどのうち,そのコンピュータで作成するなどした電子ファイルを保管するために用いられているものから,電子ファイルをコピーすることを可能にするものです。
 しかも,コピーすることができるのは,
○ そのコンピュータで作成,変更した電子ファイルか,
○ 他のコンピュータで作成されたものの,差押えの対象とされているコンピュータで変更,消去することが許されている電子ファイル
に限られます。
 この場合,そのコンピュータ自体について,裁判官によって差押許可状が発付されていることが必要であることは当然ですが,それだけでなく,コピーが可能な範囲についても,裁判官による審査を経た上で,差押許可状において明示されることになり,捜査機関がその範囲を超えてコピーすることはできません(例えば,そのパソコンの使用者のメールアドレスに対応するメールボックスの記録領域という形に限られます。)。
 したがって,この制度の導入後も,捜査機関が,1台のパソコンについて差押許可状の発付を受けるだけで,ネットワーク中の全てのデータを手に入れることができるようになるものではありません。
 

Q8 保全要請の規定が新設されると,捜査機関は,無令状で通信記録を簡単に取得できるようになり,一般市民のコンピュータの使用が監視され,個人の思想,信条,趣味などが丸裸にされてしまうのではありませんか。
 
A 保全要請は,プロバイダなどに対し,差押え等をするため必要があるときに,業務上実際に記録している通信履歴(通信の送信先,送信元,通信日時などであり,電子メールの本文等の通信内容は含まれません。)のうち必要なものを特定した上で,一時的に消去しないよう求めるものにすぎず,それだけでは,捜査機関は通信履歴を見ることはできません。
 また,保全要請の対象となるのは,要請があった時点においてプロバイダなどが業務上記録しているものに限られ,プロバイダなどがそもそも記録していないものや,要請があった時点で未だ記録されていない将来の通信履歴は対象になりません。
 捜査機関がそのようにして保全された通信履歴を手に入れるためには,これまでと同じように,別途,裁判官の発する令状の発付を受ける必要があります。
 したがって,保全要請の規定が新設されても,捜査機関が無令状で通信履歴を手に入れることができるようになるなどということにはならず,一般市民のコンピュータの使用が監視され,個人の思想,信条,趣味などが丸裸にされてしまうということにもなりません。
 

Q9 保全要請の規定が新設されると,捜査機関は,プロバイダ等の通信会社から半ば強制的に通信履歴を取得できるようになるのではありませんか。
 
A Q8でお答えしたとおり,保全要請は,差押え等をするため必要があるときに,プロバイダなどに対し,業務上実際に記録している通信履歴を一時的に消去しないよう求めるものにすぎず,そのようにして保全された通信履歴を捜査機関が手に入れるためには,これまでと同じように,別途,裁判官の発する令状の発付を受ける必要があります。
 また,プロバイダなどは、要請の際に捜査機関において特定された通信履歴の存在自体を答える義務はなく,要請に応じなかったとしても,罰則などの制裁はありません。
 このように,保全要請の規定が新設されても,捜査機関がプロバイダなどから半ば強制的に通信履歴を取得できるようになるものではありません。
 

Q10 この法案は,捜査権強化の第一段階にすぎず,これを成立させた後は,共謀罪の成立や通信傍受の拡大等の更なる捜査権限の拡大を進めることを狙っているのではありませんか。
 
A 共謀罪の新設を含む「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」の締結に伴う法整備の在り方や,通信傍受を含む捜査手続の在り方については,それぞれ,その必要性や我が国の国内法制との整合性などを踏まえて,サイバー関係の法整備とは別個に検討すべき課題です。
 この法案を共謀罪の成立や更なる捜査権限の拡大と結び付けるのは正しくありません。